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もうひとつの説明は、安息日を出エジプトと結びつけている。 出エジプトとは、ユダヤの民がエジプトの支配から解放されたことだ。
ユダヤの民が自由になって初めて、神は安息日を与えたのだ。 つまり真の余暇とは、自分自身の欲求にもとづいて仕事をし、それを自由意志で終わらせたときに、訪れるのである。
というわけで、余暇の第一の要素は、次のことになるだろう。 「仕事がなければ、余暇もない」そして仕事には終わりがなければならない。
仕事を終えたら、自分に祝福を与えつつ作品を世に送り出し、仕事と自分を切り離す。 そこから、余暇が始まるのである。
真の幸福とは自分から離れることだとよくいわれるが、しかし離れるだけではだめだ。 離れて、自分の外にとどまっていなくてはならない。
そしてとどまっているためには、心を奪われるような仕事が必要なのだ。 余暇は単なる仕事の休止ではない。
もちろん、私たちには休みが必要だ。 体が疲れているのならいつもより余計に眠ってもかまわないし、ハンモックで揺られるのはこのうえなく気持ちのよいものだろう。
そして体だけでなく精神も、大いに使った後は休みが必要だ。 頭を使わない映画を観るもよし、気楽な小説を読むもよし、そしてテレビ番組にも精神のリラックスに効果的なものがあるだろう。
しかし、これらは休息であり、余暇ではない。 聖書の創世記は、余暇をひとつの独立した創造活動として描いている。

へプライ語のテキストには(ギリシア語訳の旧約聖書では省かれてしまった部分だが)、神が創造を終えたのは、6日目ではなく7日目であると記されている。 「第7の日に、神はご自分の仕事を完成され、第7の日に、神はご自分の仕事を離れ、安息なさった」この第7の日に神が創造したものは何だろう?神は余暇を創造されたのだ、とユダヤ教はいっている。
創造のプロセスの一環なのだ。 社会学者のP・Bは、著書の『H』の中で、仕事とは世界の形を変えることだと学者たちはいう。
それゆえに、仕事とは「創造性それ自体を採掘する」ことなのだ。 充実感のある創造的な仕事は、神聖なものだ。
そして、余暇もそれは同じである。 私たちは、仕事をしながら、世界を再び創造しているのだ。
そして余暇の時間は、自分自身を再び創造することができる。 仕事がうまくいけば、世界をよりよいものに変えることができる。

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